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フヒねむのブログ

ねむくて仕方がない日々の記録を残せたらいいな、と思っています

【漫画感想】「EX-ARM エクスアーム」 7巻

EX-ARM エクスアーム 7 (ヤングジャンプコミックス)

「EX-ARMオークション」に潜入するため、政治結社・仁國社の警護役となったアキラ達EX-ARM対策課。オークショニアから、出品はかつて東京を破壊した「No.11」を含む3つのEX-ARM、入札の権利は3人までと発表され、オークションは組織同士の潰し合いと化す。美波が保持者ダリオとのギャンブル勝負で勝利したことで、仁國社は伊マフィア・ファルコーネ一家と手を組む事に成功。だが、ダリオの前に刺客が現れ…!?

Amazon内容紹介より

6巻では冨樫義博氏が帯にコメントをしていましたが、7巻では「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」の監督である長井龍雪氏でした。自分は鉄血のオルフェンズを観ていないのですが「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」の監督でもあるので馴染みがありましたし、EX-ARMの帯では、やはりなかなかの大物が登場する率が高い気がします。変な話ではありますけれども、今から8巻の帯が楽しみですね。


さて「EX-ARM」7巻です。元々、サービスカット多めの漫画ではあると思いますけれども、6巻の海水浴に引き続き7巻ではプールシーンやオイル塗りなど、なかなかに豊富です。きっと今後もサービスをしてくれるのでしょうけれども、これに関して触れるのは7巻を最後にしておきましょう*1。ちなみに表紙ではアルマさんが和装みたいな感じでしたから、中身でも…と思ったのですけれども、いくつかのキレイな格好はしていますが、和装はありませんでした。残念。その代わり美波さんが和装での見事なハイキックを披露してくれています。

また6巻はアルマさんの出番が少なくて美波さん大活躍という巻でしたが、7巻は逆に美波さんの出番が少なくてアルマさん大活躍という巻でした。「EX-VITA」の頃のバディ感が大好きだった自分としては個々に活躍するよりも一緒に活躍して欲しいな、と思ってしまうので少し残念なのですが、きっとお話がもっと盛り上がってくれば2人同時に活躍してくれると信じています。ちなみに7巻ではウィンター財団にいた雷が嫌いなチョコさんが名前の通りに可愛かったです。記憶にないのですけれども、チョコさん初出でしたかね…。さすがにあれだけしか登場しないキャラクターに名前を付けないとは思うのですけれども、どうなのでしょう。


ところで内容としてはせっかく頑張って組んだダリオさんが完全に退場はしていなそうではあるものの、それほど戦力にはならなそうな点とか、完全に人間なのにもかかわらず、異常な強さのアル・ジャードさんとかは気になりました。現状では、主人公たちが警護している仁國社と提携したマフィア・ファルコーネ一家がビックリするほどに意味がなかったので、美波さんが6巻で何のためにあんなに頑張ったのか…と悲しくなってしまいます。ダリオさんにはきっとどこかで再戦のチャンスがあるのだとは思いますけれどもね。そして、アル・ジャードさん…少し強すぎでは。力ではない強さ、みたいなものは自分も好きですが、EX-ARMという力以外の言ってみれば超能力を含めても生身のアル・ジャードさんが一番強そうで困ります。

そして主人公のアキラ君…。やはりイマイチ立ち位置がよくわかりません。最初からずっと蜘蛛型ロボットみたいな物に入っていればまだ何とか…というところはありますけどね。どうせならタチコマみたいな多脚戦車に入っていれば良かったですのに…。そして問題になるのは、アキラ君が7巻の最後で会った人物ですね。雪の山小屋というのが、何か大事なポイントになってきたりするのかもしれません。8巻は「も、もしかして兄ちゃん!?」みたいな展開から始まったりするのでしょうかね*2。気になります。


そんな訳で「EX-ARM」7巻は物語が本格的に動き出した感じのある巻になりました。8巻は大きく転換しそうな予感がしますね。帯も含めて、楽しみです。

*1:もう何回も繰り返して書いてしまっていますからね…

*2:さすがにないと思いますけれども…

【読書感想】「魔女とカルトのドイツ史」

魔女とカルトのドイツ史

魔女狩りとホロコーストの連続性とは?
ヒトラー・カルトは、キリスト教とゲルマン文化の確執から誕生した!

異端狩り、ユダヤ人狩りや魔女狩りの悲劇は、中世から現代にいたるまで、なぜ何度も繰り返されたのか? その真相をカルト発生の観点から読み解く。

Amazon内容紹介より

「感染症は世界史を動かす」に本書の言及があったので、こちらも長いこと積んでありましたが、読むことにしました。「感染症は世界史を動かす」ではペストを始めとして鞭打ち苦行など、いくつかの項目にまたがって、本書との関連があったので続けての読書としての満足度は高いものになりました。ちなみに本書もタイトルで買って積んであった本なのは間違いないです。


さて「魔女とカルトとドイツ史」ですが、そのタイトルの通り、基本的にはドイツ史をメインとして書かれています。魔女についての記述はもちろんたくさんありますけれども、魔女狩りのことが詳細に書かれているというのではなく、あくまでもドイツ史の一部としてその時代でのカルトの表出の仕方として魔女・魔女狩りが起こったという形での触れられ方です。ですので、魔女狩りをメインとして期待してしまうと少し弱く感じてしまうかもしれません。もちろん、魔女狩りに関しての内容を読みたい方であれば、本書で論じられているように魔女狩りと他の時代のカルト的な現象との類似性みたいなものには、かなりの興味をひかれるかと思いますので、問題にはならないでしょうけれども…。

また本書はドイツの通史をそれほど知らなくてもあまり問題なく読むことができるかと思います。かく言う自分もドイツの歴史を知っているか、と言われれば、ほとんど知りませんけれども問題なく読むことが出来ましたしね。むしろ本書を読むことでドイツの通史の本を読みたくなりました。かなり以前に「物語 ドイツの歴史」など、いくつかは読んでいるのですけれどもね*1。以前もどこかで書きましたが、こうやって読みたい本が連なっていく感じはとても好きです。


本書で語られている事例としては、どれも興味深いことばかりではありますが、自分はハーメルンの笛吹き男の事例が特に興味深く感じました。お話の細かいところはともかく、あらすじであれば多くの人が知っているような内容で、どちらかと言うと伝説的なお話、という感覚の方が近い出来事という認識でいましたけれども、本書を読んでみるとどちらかと言うと、お話の内容の大半の部分が実際にあった出来事であったのだろうなあ、と考えるようになりました。何もない状態であれば、100人単位の人を連れて歩く、というのはそう簡単なことではないでしょうけれども、トランス状態になったような人々であれば、しかもそれが子どもたちであれば、100人単位であってもそれほど難しくないのかもしれません。本書でも書かれている通り、現代となってはハーメルンの笛吹き男の事実、というものが確実となるのは難しいことなのかもしれませんけれど、著者の支持するお話の原点とも言える出来事に関しての記述は、かなり納得できるものでした。


ところで、本書はドイツ史に通底するものとして各カルト的な事例を挙げ、そして最後にナチスについて書いている訳ですけれども、個人的にはその部分はまだまだ何とも言えない部分のようにも感じられます。ナチスと各事例との共通点などもかなりの数が挙げられていて、自分はなるほどなあ、と少し納得しながら読んではいたのですけれども、だとすると、過去の反省とか関係なく、寄せては返す波のように、いつかは似たようなことが繰り返されてしまうだけのような気がしてしまうのですよね。著者と同じように自分も、そんなことが繰り返されることがないと信じていますけれども、そうするとナチス以降に過去のドイツからは逸脱した深いところでの文化的な流れがなければならないようにも感じられて、そういうったものが特にない現状であれば、各事例ごとの関連付けを深めないか、将来に渡っても同様のことが起こる、とするしかないように思えてしまうのです。「歴史は繰り返す」ものなのだとすれば、同様のことが繰り返される方がもしかしたら自然なのかもしれませんけれどもね…。


そんな訳で「魔女とカルトとドイツ史」はドイツの歴史に対しての興味が再び湧いてくるような本でした。少しキャッチーさが売りのようなタイトルにはなっていますが*2、実際はかなりしっかりとした落ち着いた内容だといえるでしょう。文章も読みにくいところがなく、良書だと思いますよ。

*1:いくつかの本を読んでいても知識として残っていないというのは本当に悲しいことです…

*2:そのタイトルに引っ張られて買っている訳ですけど…

【読書感想】「「『ジューシー』ってなんですか?」」

「『ジューシー』ってなんですか?」 (集英社文庫)

25歳の広田と岸、佐々木、26歳の別所、27歳の魚住と津留崎。6人は、大きな会社の中の小さな班「夕日テレビ班」で毎日深夜まで地味な仕事をしている(ちなみに非正社員が3名、正社員が3名)。恋人でも友達でもない、立場も微妙に違う、けれど同じ職場の同僚として会話を交わし笑いあう。仕事を詩的に描いた著者初の“職場小説”。平等とは何かを問う「ああ、懐かしの肌色クレヨン」も収録。

Amazon内容紹介より

かわいい夫」で山崎ナオコーラ氏の文章の素敵さをやっと認識できたので、続けざまに既刊の数冊を文庫で購入しました。こちらはその内の一冊です。自分自身に何で今までちゃんと読んでいなかったの…と言いたくなりました。順次、気になった順に既刊の本を読んでいこうと思っています。


さて「「『ジューシー』ってなんですか?」」ですけれども、とりあえずタイトルがかぎ括弧付きなので困りました。このブログでは感想を書く本のタイトルにかぎ括弧を付けて書いていたので、重複かぎ括弧になってしまうのですよね。更に本書のタイトルにはジューシーに二重かぎ括弧が付けられているので、もう何が何やらです。その理由だけで感想を書くのを止めておこうかとも思いましたが、内容は書いておきたいと思えるものでしたので、書いておきます。


表題作「『ジューシー』ってなんですか?」は新聞のラテ欄*1を作る会社のある部署の中の1つの班が舞台です。上記内容紹介にあるように、この班員のうち半数が正規社員でもう半数が非正規社員なのですが、よくある話で仕事内容はほぼ同じ。賃金は結構違いそうだけれど、働き方はどちらにせよブラック気味。そんな職場なのですが、少し捻くれていたり、面倒臭い人もいるにはいますが、全体としてみんな善い人で読んでいてツラくなることはありませんでした。これだけ労働環境がよろしくなければ、もう少し人に当たり散らすような人物が出てもおかしくないとは思うのですけれども、みんなまともです。ただ、年齢は25歳から27歳とあるので、確かに自分の周りでも現在の40歳以下くらいの年齢で人に当たり散らすような人って見たことがないかな、と納得してしまいました。年齢が上がるごとに、そういう人物は増えてくる印象もありますしね。

また作業系のお仕事ですから自分の経験したお仕事と雰囲気的には結構近いものがあるとは思うのですけれども、この職場、会話でのコミュニケーションがかなり豊富ですよね。もしかしたら自分のいた環境が異常に会話がなかっただけの特殊事例という可能性もありますけれども。世の中の一般的な職場ではこんなにたくさんの会話があるものなのでしょうか。そうだとすれば、ブラック気味なこととか、正規非正規の不平等さとかは別にしてなかなかに優しい世界だなあ、とか思いました。会話がないことが優しさのなさ、では決してありませんけれども、会話をすることはその時点で相手のことを何かしら考えなければなりませんから、優しさの質がより求められると思うのですよね。登場人物たちの大半が基本的には自分の主張の前に相手のことを考えてから言葉を発しているように感じられて、心地良かったです。


ちなみに同時に収録されている「ああ、懐かしの肌色クレヨン」に登場する男性・山田さんの優しさは個人的には苦手です。その優しさは「肌色」という言葉を使わない優しさのように感じられるから、とでも言えるかもしれません。ただ登場する女性・鈴木さんは「肌色」という言葉が使われて少しは傷付く立場にいながら、そんな言葉があった世界が好きだったのにもかかわらず、山田さんのことが特別に好きになっているので、もしかしたら自分が感じられていないだけで、山田さんの優しさは別のところにあったのかもしれませんね。


そんな訳で「「『ジューシー』ってなんですか?」」は山崎ナオコーラ氏らしい淡々としていながら、優しさの溢れる文章でとても心地の良い読書が出来ました。ただ上下の余白部分が少し広いのが気になりました。会話文が多いからなのかもしれませんけれども、少しテンポが悪くなったような読みにくさを感じました。「かわいい夫」に引き続き、読後感がとても良かったので山崎ナオコーラ氏の既刊全作を買うことにします。

*1:TV番組表の掲載されている部分