フヒねむのブログ

ねむくて仕方がない日々の記録を残せたらいいな、と思っています

【読書感想】「ドキュメント 女子割礼」

ドキュメント 女子割礼 (集英社新書)

女子割礼/女子性器切除という風習がある。アフリカ大陸を中心に、成人に達したあかしとして女性外性器の一部またはほとんどを切除したり縫合するものだ。この風習が根づいている国々ではじつに90%以上の女性が割礼を受けている。割礼の際の激しい苦痛はもちろん、感染症、切除後の癒着などによる多くの障害の発生、結婚や出産時のさらなる苦痛と危険など、女性の一生に暗い影をおとし国際的にも批判の多いこの風習だが、なぜ今も残っているのだろうか。気鋭のフォトジャーナリストである著者は、エジプト、シエラレオネ、ジブチなど6か国を3回にわたって取材。割礼を受けた人たち、廃絶運動に携わる人、また推進派などにインタビューを重ね、その実態を探ってきた。これはその貴重な記録である。

Amazon 内容紹介より

存在は知っていても、詳細どころか概要すらほとんど知らない、というものは多いですが、本書のタイトルにもなっている「女子割礼」というものも存在は知っていましたけれども、どういうものなのか、ほとんど知りませんでした。そもそも「割礼」自体が馴染みのないものですしね。そんな訳で本書のタイトルを見た時に興味を持って買い、随分と長いこと積んでいたのですが、とうとう読むことにしました。読むことにしたキッカケは特にありません。


さて「ドキュメント 女子割礼」です。まず前提として本書の初版は2003年です。その時点で2017年からは約15年前ですし、取材先であるアフリカ各地での情報は、当然ですがそれ以前のもので約20年前後が経っています。ですので、2017年の現状と本書の内容とでは大きく違いがある可能性はあります。もちろん、変化していない可能性もありますが…。ただ国連10機関による共同声明のpdfが2010年のものであり、またUNICEFによる報告書が2016年のものであることを考えると、問題とすれば「過去のもの」と言える現状でないのは間違いなさそうです。

自分は本書を読み終わってから上記国連10機関による共同声明のpdfを読みましたが、そちらを読むと本書に書かれていた問題点は理解出来るかと思います。またWikipediaの女性器切除の項でも概要はわかるでしょう。興味がある方は国連10機関による共同声明のpdfを読むことをオススメします。本書はそのpdfに緊迫感や切迫感のような、熱量を付け加えたもののように感じられます。本書のような広く知れ渡っている訳ではない*1、改善されるべき事柄を扱う際には、こういった熱量というものが重要であることは確かでしょう。

そういった緊迫感や切迫感のある熱量を持った文章でしたので、本書を読んでいる際に感じていたのは主に「痛い、ツラい…」でした。どう考えても痛いだろうな、と思える描写の連続なので何度か心が折れかけました。特にタイプ3と呼ばれる「陰部封鎖」に関しては、読んでいてゲンナリせざるを得ませんでしたね。ただ、そう思えるのも自分が今いる社会に属しているからであって、当地の社会に属していたらどうであったか、と考えると自分の周囲にある慣習とされている様々なものたちに対して思いを馳せずにはいられませんでした。もちろん、現代日本において人の身体に直接的なダメージを及ぼすような慣習はそれほど多くはないでしょうけれども、皆無かと言うと、そうは言い切れないですからね。


ところで一番身体へのダメージが深刻なタイプ3から比較的ダメージが軽微なタイプ1,2への移行を本書でも、当地の活動でも否定しているようでしたし、それ自体は自分もその通りだと思うのですけれども*2、「代替通過儀礼」として「言葉による割礼」を推進している地域があり、それに対して本書では好意的な見方をしていましたが、個人的には疑問でした。確かによりよいものであることは間違いないと思いますけれども、そもそも対象が女性だけ、という部分でも納得出来ませんし、その結果は著者自身が本書の中で経験している通りです*3。かと言って、ではそのままで良いのかと言えば、そうとは言えませんし、緊急回避的な部分と根本的解決の両方を併せていかなければならない問題の難しいところだろうな、と感じます。


そんな訳で「ドキュメント 女子割礼」は読むのに少し精神的な体力がいる読書になりました。自分の属している社会とは相容れない慣習を知ることで、自分の属している社会の普段は気にしていない慣習に対して思いを巡らすことの出来るいい機会になりましたね。

*1:と個人的には思っています…

*2:根本的な解決が遅くなる可能性が高くなるから

*3:著者は代替通過儀礼を行っている地域の男性から、代替通過儀礼を行っている女性を受け入れていない旨を告げられます