フヒねむのブログ

ねむくて仕方がない日々の記録を残せたらいいな、と思っています

【読書感想】「カツラ美容室別室」

カツラ美容室別室 (河出文庫)

こんな感じは、恋の始まりに似ている。しかし、きっと、実際は違う。 カツラをかぶる店長・桂孝蔵の美容院で出会った、淳之介とエリ、梅田さんたちの交流のゆくえは? 大人の事情、大人の友情に迫る。

Amazon内容紹介より

初出は2007年となっているので、もう10年前になりますね。正直、読む前にAmazonさんのレビュー欄の評価におっかなびっくりしながら読み始めたのですけれども、なぜこんな評価になってしまうのだろう…と考え込んでしまうくらいに良かったです。この評価を見て、読むことを止めてしまった人たちがいるかも、と思うと残念でなりません。もちろん創作物に関して人の感じ方はそれぞれですし、それを表現する方法は色々で良いと思いますけれども、少なくとも自分自身で作品に触れるまでは態度保留というスタンスでいたいものです。


さて「カツラ美容室別室」ですが、特に何かドラマが起こる訳ではありません。ドラマチックさや感動だけを求めて本を手に取るのであれば、確かに残念な気持ちになるのかもしれません。ただ、本を読む理由がそれだけでないのであれば、きっと気持ちの良い読書体験になると思います。恐らく、本書を酷評した方たちも著者の文章の上手さ、という点に関しては意見が一致することでしょう。個人的にはその一点でも本書を読む価値があると思います。短くて接しやすいですし、文章を書くこと、読むことを意識している人であれば、きっと読んでいて嬉しくなる文章なのではないでしょうか。

また単なる知り合いと友情と恋愛の間をふわふわと漂っている日常を描く本書は、純文学が好きな方よりは日常系アニメを好む方の方が相性が良いのかもしれません。そして2000年台後半からいわゆる日常系のアニメがブームになったと言われていることを考えると、本書のような小説が138回芥川賞候補になったことは、納得感がある気がしてしまいますね。そういう意味では、評価されるには若干早すぎた小説だったのかもしれないな、とか思いました。


ところで「友だち」とか「恋人」という関係に付けられた名称に悩むような思春期から20代前半くらいの年齢の方であれば、こういった言葉では簡単に片付けられないような曖昧な空気感をまとったそれぞれの関係性が描かれた小説を読むことは、もしかしたら救いになることもあるのかもしれないな、という気がします。本書に登場する淳之介とエリや店長とエリの関係の微妙さはわかり易いところですけれども、淳之介と梅田さんとの関係にしても、「友だち」という言葉では片付けられない何かふわふわとしたものがありますし、よく見渡せば登場人物たちそれぞれの関係がそんなふわふわとしたもののように見えてきます。

ただ、現実でも実際は同じようにふわふわとした関係なのが一般的で、そのふわふわした感じが不安だったり、本当に大切な関係だと思ってみたりすると、その関係性に名前を付けて維持しようとするものなのでしょう。自分はそういう関係性について細かく悩むような年齢ではなくなってしまったような気がしていますが、そういう不安に駆られることの多い年齢の方が読むと、こういうものなのかも知れないな、と安心出来るかもしれませんね。ちなみに個人的には男女の間にも友情は湧くと思いますし、だからこそ走り出した友情も、男女の別なく止まってしまうことがある、とも思います。


そんな訳で「カツラ美容室別室」は著者のサッパリとした美しい文章が味わえる、読みやすい本でした。改めて、他人の評価をそれほど気にすることなく本と接することの大切さを感じさせてくれる読書になりました。Amazonさんのレビューを見て、読むことを躊躇していた方にはぜひ読んでもらいたいですね。